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独断と偏見による古典音律解説

 

プレトリウスの音律

バロック初期〜中期

 

音律の概要:

 初期のミーントーン(MeanTone)の欠点であったヴォルフ(極端に響きの悪いDb-G#の5度)を緩和すべく、この両側の5度を純正なピタゴラス5度に置き換える調律法です。


●調律考案者: プレトリウス(Praetorius, 1571 頃 - 1621)

●調律方法: 「B - F - C - G - D - A - E - H - Fis - Cis」をミーントーンの5度に取り、「Es - B」と「Cis - Gis」を純正な5度に取る。

●純正な音程: 5度が「Es - B」「Cis - Gis」。長3度が「B - D - Fis」「F - A - Cis」「C - E」「G - D」。

●出典:オルガンの歴史とその原理/平島達司/神戸松蔭女子学院(短期)大学学術研究会
  「明庵(めあんとねさんのページ)」(http://crafts.jp/~meantone/index_.html)より引用させて頂きました。 [魚拓]

 

特徴:

 このプレトリウスによる改良形の中全音律は、これまできちんと再評価されてこなかった音律であり、あまり知られていませんが、この調律法はのちの時代の調律法につながる重要な役割を果たしているようです。
 
・実用性の優先→使用できる調の拡大→楽曲の充実→普及

 考案者のプレトリウスは、バロック初期に活躍した音楽家でした。この時代はまだ作曲家・編曲家・演奏家などというような分業化が進むまえで、活動の中心は教会での様々な行事や冠婚葬祭であり、作曲から演奏、さらに楽器の日々の調整(調律)まで彼らの守備範囲だったと考えられます。(※)

 プレトリウスはルター派の教会で使用される曲集の編纂のメンバーとしても活躍していたことがわかっています。(※)この点は非常に興味深い所で、つまりアーロンの中全音律が思想的・原理的な点に忠実に構成されているのに対し、プレトリウスは当時の多くの楽曲に接した経験を持ち、彼自身も作曲・演奏し、これをふまえて実際の音楽活動のためにより実用的な改良を、それまでの中全音律に加えたのです。

 のちの時代(バロック中期)にはこの音律に関してつぎのような記述が伝えられています。「田舎の教会へ行くと、いまだにプレトリウスの音律に調整されたオルガンを見ることができる」(※)これは、この音律が一時期は都市部を含め、かなり広い範囲で使用されていたということを伺わせます。都心部では時代を先取りする形で別の調律法に切り替えられて行ったのに対して、田舎ではその流れに遅れて永らくプレトリウスの調律法が使用されていたというわけですね。

 興味深いのは、どうしてプレトリウスの調律法がそのような田舎にまで普及できたかということですが、これには彼らが編纂した曲集の役割もあったのではないかと考えられます。(※)つまり実用的な曲集と音律がうまくセットになることで、広く普及することができたのではないでしょうか。

 

 ・中全音律とピタゴラス音律の融合→調性格の原型

 のちの時代の調律法に対する影響という点で見逃してはならないのは、この調律法が「調性格」をもつ調律法の原点ともいうべき特徴を持っているということです。( 「調性格」は現在の12等分の平均律とそれより少し前の調律法・・・不等分平均律ともいわれる・・・との違いの説明において語られることが多いテーマ。)

 私が特に注目するのは、後の時代(バロック後期)のマッテゾン(※)が論じた「調性格論」で言われているところの各調の特徴(※)とプレトリウスの調律法が、かなり良く一致するということです。この調律法は使用できる調の拡大という次元にとどまらず、中全音律にピタゴラス5度をとり入れた結果として、調によって中全音律的であったり、ピタゴラス音律的であったりするという調律法の原型ともいえる特徴を持っているのです。

 もっともこの調律法における「調性格」はまだまだ荒削りでアンバランスな点がめだち、不完全なものです。「調性格」は後の時代の理論であり、プレトリウス自身にはそのような考えはきっと無かったのでしょうから、不完全といわれても困るというものです。しかしこの「調による雰囲気の違い」の明快さと、それが結果的に次の時代に向けての方向性を示したこと、そしてのちの多くの調律法が同類の特徴を少なからず受け継ぎ続けたということは学ぶべきです。そうすれば例えば後の時代の十二等分平均律に限りなく近い不等分平均律においても、消えかけた調性格の面影を見出す事に役立つことでしょう。もしあなたが「調性格」という話題に興味をもたれるなら、この調律法を試してみることをぜひお奨めします。

 なお用語について1つ付け足しておくと、「ミ―ントーン(MeanTone)」という名称で呼ばれる音律は、古典調律を詳しく研究しているような場では概ねアーロンのオリジナル形を指しますが、一般的にはプレトリウスの改良形との差は無視されるか、あるいは混同される例(※)も多いようです。目安としては、プレトリウスがバロック初期に活躍した音楽家であることから、バロック期に入ってからの「ミ―ントーン(MeanTone)」といえばプレトリウスの音律のような何らかの改良が加えられているものであり、それ以前の時代(ルネッサンス)におけるアーロンのオリジナルとは区別して考えるのが妥当ではないかと思われます。

実践のために:

 バロック初期の楽曲、中でもプレトリウスが作曲した曲等に対してこの調律を適用するのは良いアイデアでしょう。しかし普通のコンサート等のためにはやはりまだアンバランスな点が目立ちすぎ、ブーイングが出ることを覚悟しなくてはなりません。結局のところ、やはりこの調律法の出番はかなり限られた物にならざるを得ないと思われます。 調性格について学びたい人の為にはぜひお勧めしたい調律法です。

 

 


参考文献(書籍名、URL一覧のみ)


解説: Shintaro Murakami murashin@murashin.sakura.ne.jp

Copyright(C), 1998-2009, Shintaro.Murakami

キーワード:

音楽 , クラシック , ピアノ , 調律 , 純正調 , プレトリウス , ショパン