独断と偏見による古典音律解説
キルンベルガー(Kirnberger)の調律法
まず、キルンベルガーの調律法に関しては、詳しい解説書や研究成果の発表が多数ありますので、理論的な内容や歴史的背景などはそれらを参照されることをお奨めします。
※関連書籍(書籍名、URL一覧のみ)
私見として、他の調律法と比較して優れると思われるところをまとめてみますと、
- ちゃんと音律の歴史をふまえている。歴史的調律法の集大成として恥じないものになっている。
- 調律手順の容易さまで考慮されている。調律手順が明快。
- 実用的。キルンベルガー第1、第2、第3 の3種のいずれかを用いれば、当時の色々な場面を想定した殆どのタイプの楽曲に対応できる。
この3つのバランスがうまくとれている調律法というのは、実際のところなかなか無いのです。
詳しく勉強しておいて、けして損はしません。
実践のために:
キルンベルガー第1
この調律法は、専門家にさえ「一部の宗教曲でしか使い道がない調律法」と認識されてしまっており、一般にはほとんど知られていません。
理由としては、純正調の一種(ハ長調の主要3和音が純正)ではあるものの、D - A の5度で酷いヴォルフが発生し、ニ長調・ニ短調やこれらに隣接する調の演奏が困難なためです。ニ長調もニ短調も、クラシックでは頻繁に使われる調なので、これは致命的な欠点になってしまうのです。
・・・ところがどっこい!実際にクラシックのピアノ曲にこの調律法を適用してみると、
確認が取れているものだけでも・・・
ショパン作曲
・エチュード op.25 (「エオリアン・ハープ」、「蝶々」、「大洋」、etc.) 1836〜37年
・ワルツ第1番 変ホ長調op.18 「華麗なる大円舞曲」 1831年
・ワルツ第6番 変ニ長調op.64-1 「小犬のワルツ」 1846〜47年
・ワルツ第7番 嬰ハ短調op.64-2 〃
・ワルツ第9番 変イ長調 「告別」(別れのワルツ) 1835年
・ポロネーズ第6番 変イ長調op.53「英雄」 1845〜46年
・ノクターン第2番 変ホ長調op.9-2 1830年
・即興曲 第4番 嬰ハ短調op.66 「幻想即興曲」 1834年
...etc.
リスト作曲
・愛の夢第3番
・ラ カンパネラ
ウェーバー作曲
・舞台への勧誘
・ロンドブリランテ
なんとこれらの有名な楽曲に、キルンベルガー第1はベストチョイスになりうるのです。楽曲にも調律にも、何の小細工も必要ありません。
これは彼らが実際にキルンベルガー第1に調律されたピアノも使用していたか、又は少なくともキルンベルガー第1の禁則(D-Aの和音が使えない)を知っていて、これを避けて作曲するように配慮していたとしか思えません。
これらは氷山の一角で、探せばまだまだ見つかるはずです。
これでもまだ「一部の宗教曲でしか使い道がない調律法」と言えるでしょうか?
現在では入手困難のようですが、関連書籍を挙げておきます。
高橋彰彦 著 「複合純正音律の華・ノクターン―ショパンこそ純正音律で」
ISBN:4276124034 音楽之友社 (1996-06-20出版)
高橋彰彦 著 「複合純正音律ピアノのすすめ―ショパンこそ純正音律で」
ISBN:4276124042 音楽之友社 (1992-10-20出版)
この本で提案されているt「複合純正音律」は、キルンベルガー第1と、「C#、G#、D#、A#」の音程のみがわずか2centほど違うだけであり、音楽的な方向性は同じと見てよいでしょう。
キルンベルガー第2
要するに第1の欠点であるD-Aのヴォルフをなんとかごまかすために、キルンベルガー第1に最低限の修正を加えたものです。これで一応、ニ長調、ニ短調も演奏可能になります。
この調律法の位置づけとしては、普段はキルンベルガー第1に合わせてある楽器で、一時的にD-Aの和音が出てくる曲を演奏できるようにするための「簡易的な」修正方法、という所でしょう。ニ長調、ニ短調の曲(D-Aの和音が頻繁に出てくる曲)を本格的に練習・演奏する場合には、他の調律法をチョイスすべきです。
キルンベルガー第3
上の2つとは全く方向性が異なる調律法です。ミーントーンとピタゴラスを組み合わせた調律法で、多数の類似の調律法があります。結果的にヴェルクマイスターの調律法とも類似点の多いものになっています。細かいことを言わなければキルンベルガー第3をそれらの代表・集大成として汎用的に用いることができます。(なぜならば素人にはほとんど聞き分け困難ですので。)
1台の楽器で幅広いレパートリーをこなさなければならない場合には欠かせない調律法です。
反面、妥協の多い調律法とも言うことができ、ある特定の1曲を想定したときに、この調律法がBestな選択肢となりえるケースは意外と少ないようです。もし曲によって調律法をいちいち変えることが可能だったならば、キルンベルガー第3の出る幕はほとんどなくなってしまうかもしれません。
・・・でも、だからこそ、この調律法は第1でも第2でもなく「第3」に位置づけられる訳ですね。理想を追求するなら第1を使ってくれ、というのがキルンベルガーの本音のような気がしてなりません。
!注意!
代表的な古典調律として「ヴェルクマイスター第1技法3番」あるいは「キルンベルガー第3」を頻繁に見かけますが、これはバッハの「平均律クラヴィーア曲集」に関する研究に伴ってクローズアップされてきた調律法であり、逆に言うとバッハの「平均律クラヴィーア曲集」以外の楽曲、及びバッハ以外の作曲家の作品に対して、やみくもにこれらの調律法を適用するのは賢い方法ではない、ということは覚えておきましょう。
解説: Shintaro Murakami murashin@murashin.sakura.ne.jp
Copyright(C), 1998-2006, Shintaro.Murakami
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