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独断と偏見による古典音律解説

 

A.ジルバーマン(A.Silbermann)の調律法

バロック中期〜後期

 

音律の概要:

 ミーントーン(MeanTone)の5度が連続する領域と、純正からごく僅かだけずらした5度が連続する領域とに分かれており、「調性格」をかなり明確に意図している調律法と考えられます。

●調律考案者:アンドレアス・ジルバーマン(A.Silbermann, 1678 - 1734)

●調律方法:「C - G - D - A - E」をミーントーンの5度にとり、残りを8等分する。(この8等分された5度音程は純正5度とわずかの差しかなく、非常にゆったりとしたうなりを持つ。

●純正な音程: 長3度が「C - E」の一つだけ。5度は無し。

●出典:オルガンの歴史とその原理/平島達司/神戸松蔭女子学院(短期)大学学術研究会
 「明庵(めあんとねさんのページ)」(http://crafts.jp/~meantone/index_.html)より引用させて頂きました。 [魚拓]



サンプル曲:
J.S.バッハ 2声のインベンション より第1番ハ長調(BWV772)


J.S.バッハ 2声のインベンション より第2番ハ短調(BWV773)


J.S.バッハ 2声のインベンション より第13番イ短調(BWV784)



特徴:

 ジルバーマン(Silbermann)は楽器製作に携わっていたことで有名な一族で、その楽器に対する評価は非常に高いようです。アンドレアス・ジルバーマン(A.Silbermann, 1678 - 1734)もその一人です。また、アンドレアス・ジルバーマンの弟、ゴットフリート・ジルバーマン(Gottfried Silbermann,1683- 1753)は、かのJ.S.バッハの友人でした。

 さて、A.ジルバーマン(A.Silbermann)の調律法についてですが、それまでの「プレトリウスの調律法」「シュニットガー (Schnitger)の調律法」がミーントーン(MeanTone)の改良という範疇に留まっており、「調性格」は副産物程度のものであったのに対して、この調律法は改良というレベルに留まらず、「調性格」をより積極的に意図していたと考えられる点が特筆されます。

 調律法として、たとえばヴェルクマイスター(Andreas Werckmeister, 1645-1706)も調律法を考案する過程で当然これと類似した調律法を試したようです。(ヴェルクマイスターの調律法に関しては、その改良の過程についての記録が残っている。) しかしヴェルクマイスターは、全ての調を演奏できることを優先したので、最終的にはこの調律法とは若干趣の異なるものとなりました。

 A.ジルバーマン(A.Silbermann)の調律法を詳しく見ると、一つの疑問がうかびます。・・・「C - G - D - A - E」をミーントーンの5度にとり、残りを8等分する・・・と言うが、はてさて、「残りを8等分する」とは、いったいどのようなものなのでしょう? (この調律法に限らず、この一族が考案したと伝えられる調律法には、独特な5度音程がしばしば登場し、その具体的な調律手順については未だ不明な点が多い。)

 この、ミーントーン5度以外の残りの5度を、微妙な音程調整が可能な電子楽器上で計算結果に基づいて試してみると、うなりの周期が極めてゆったりとしたものであることに驚かされます。(残念ながらこのホームページの聴きくらべでは、このゆったりとしたうなりを正確に再現できません。) それが通常の楽器に施されることを考えれば、それが純正な5度と区別されるなどというのは、全く信じがたいほどほどわずかな差なのです。しかし、彼らはそれを区別した!!・・・言い換えれば、それを区別できるだけの非常に高い技術力を持っていたということになるのです。

 この、「意図的に純正からごく僅か、ずらした5度」を定義するあたりは、机上の空論に走る音楽理論家には真似の出来ない芸当でしよう。つまり、十分な技術力を持ち合わせない人にとっては、完全にうなりの無い5度音程というのは、理想ではあってもほとんど実現困難なものです。実現困難だからこそ「理想」として定義されるわけですね・・・しかし彼らは、その完全なる純正5度を実現するだけの技術力を得て初めて、その結果が理論家の言うほど優れた効果ではないことに気が付いたのかもしれません。そして、むしろ「意図的に、しかし極めて微妙に」ずらした5度音程の方を好み、調律法として定義したのではないでしょうか。

 彼らの優れた技術力と経験に裏打ちされた、A.ジルバーマン(A.Silbermann)の調律法は、現代の我々にとっても学ぶべき点はまだまだ多いようです。大いに見直されるべき調律法の一つでしょう。

 

実践のために:

 驚くべきことに、この調律法で演奏すべき曲は、大きな図書館や大きな楽譜屋で探さなくとも身近なところにあります。
 ピアノを習う人なら誰しもが一度は練習するであろう、J.S.バッハの有名な曲集、「インベンションとシンフォ二ア」(BWV772〜801)と、この調律法は、とても相性が良いのです!

 J.S.バッハが編纂した曲集のうち、「平均律クラヴィーア曲集」として知られる曲集に対してどのような調律法が妥当かということについては、これまで非常に多くの研究がなされており、たとえばヴェルクマイスターの調律法が妥当ではないかという意見には、私も賛成です。
一方、「インベンションとシンフォ二ア」に関しては、

・「インベンションとシンフォ二ア」は24の調のうち15の調しか使用していません。これは調律法の問題のため、響きの具合の悪い調を避けたという可能性があります。(ヴェルクマイスターの調律法は、24全ての調の使用を考慮したものであり、実際に平均律クラヴィーア曲集は24全ての調から成っている。逆にいうと、単に制作年代が近いからという理由で、インベンションとシンフォ二アでもヴェルクマイスターの調律法が使用されたと考えるのは不自然です。)

・A.ジルバーマンの調律法は、ミーントーンの5度と、純正に近い5度が偏って配置されるため、一部に響きの具合のあまり良くない調が生じます。この特徴と、「インベンションとシンフォ二ア」で使用されなかった調は、比較的に矛盾が少ない。

・A.ジルバーマンの弟、ゴットフリート・ジルバーマンとJ.S.バッハは友人であり、ゴットフリートを通じてA.ジルバーマンの調律法をバッハが知り、取り入れた可能性があるかもしれません。

・J.S.バッハの弟子であったキルンベルガー(Johann Philipp Kirnberger,1721- 1783)の調律法第3と、A.ジルバーマンの調律法にはいくつかの類似点があります。これははたして偶然でしょうか?


つまりこういうことです。

 ●アンドレアス.ジルバーマン(A.Silbermann)・・・・・・・・・・・・・・・
    ↓
   (兄弟)
    ↓
 ●ゴットフリート・ジルバーマン(Gottfried Silbermann)
    ↓
   (友人)
    ↓
 ●J.S.バッハ
    ↓
   (師弟関係)
    ↓
 ●キルンベルガー (Kirnberger)  ・・・・・・・・・・・・・・

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類似している!
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 もっとも、J.S.バッハが仮にA.ジルバーマン(A.Silbermann)の調律法を知っていたとしても、きっと何らかの改良をつけ加えて使用していたことでしょう。しかし、A.ジルバーマン(A.Silbermann)の調律法とキルンベルガー (Kirnberger)の調律法が類似していることを思えば、それほど大きく異なるものではなかったのではないか、ということは、十分に期待できるのではないでしょうか。





 さて、調律の話から少々それてしまいますが、バッハの曲集についての話が出てきたところで、一つ整理しておきましょう。
シュニットガー(Schnitger)の調律法の所では、J.S.バッハのオルガン小曲集とシュニットガー(Schnitger)の音律との相性が良いことを書きましたが、この事からバッハが使用した調律の変遷をうかがうことができます。
曲集名 制作年代 特徴 想定される調律法
オルガン小曲集
 BWV599〜644
1713年〜1716年
(一部の曲を除く)
バッハが手がけた最初の大型曲集。しかし未完成。 改良型の中全音律
(シュニットガー(Schnitger)の音律 等。制約が多い。)
インヴェンションと
シンフォ二ア
 BWV772〜801
1720年〜1723年 教育的な目的で制作された曲集。それぞれ15曲(15の調)から成る A.ジルバーマン(A.Silbermann)の調律法 又はキルンベルガー(Kirnberger)の第3調律法に近い調律法(調性格が明確だが、一部の調は使用困難)
平均律クラヴィーア曲集(第1巻) 1722年
(完成)
同じく教育的な目的の曲集だが、24曲(24の調)から成る。 ヴェルクマイスター(A.Werckmeister)の調律法のような24全ての調を演奏可能な調律法

 

参考文献(書籍名、URL一覧のみ)


解説: Shintaro Murakami murashin@murashin.sakura.ne.jp

Copyright(C), 1998-2009, Shintaro.Murakami

キーワード:

音楽 , クラシック , ピアノ , 調律 , 平均律 , 純正調 , バッハ