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ききくらべガイド (第11回め以降)

ここでは、私の個人的な意見を交えながら、ききくらべのポイントについて少し解説してみたいと思います。

ご注意:はじめてこのページにいらした方は、最初に必ず「GS音源とMIDI再生ソフトのチェック」を行ってください。ここでOKの状態でない場合は、このページのデータはすべて平均律で演奏されてしまいます。

 


 

第13回 J.S.バッハ作曲 平均律クラビーア曲集第1巻より第1番プレリュード の場合

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 久々の記事追加になってしまいました。今回はヴェルクマイスターの調律法についていくつか種類がそろったので、これに注目してみました。

 ヴェルクマイスターは1645年生まれで、バッハは1685年生まれですから、40歳ほど歳が離れている事になります。現在では歴史的な研究からヴェルクマイスターの調律法についてバッハは当然知っていたと考えられており、「平均律クラビーア曲集」が実際にはヴェルクマイスターの調律法を想定して書かれた可能性は高いようです。 ただし、ヴェルクマイスターの調律法にもいくつかのバリエーションがあり、また調律の際にバッハが少々アレンジを加えていた可能性もあり、ずばりこれである、と断定できるまでには至っていません。バッハ自身の手による調律法についての直接的な記録は見つかっていないので、これらはいずれも推測の域をでないのです。

 それではここで、バッハが残した曲と、ヴェルクマイスターの調律の相性について聞き比べてみましょう。

いづれかの調律法をクリックして「ドレミファソラシド」と鳴ってから、曲名をクリックして演奏をスタートさせてください。

調律法 曲名
平均律
T00evn--.mid
J.S.バッハ作曲 

平均律クラビーア曲集 第1巻より
 プレリュード 第1番(BWV846-1)

ハ長調

MIDIデータ製作者
by むらしん
murashin@murashin.sakura.ne.jp

ヴェルクマイスター
第1技法
ヴェルクマイスター
第1技法第3番
ヴェルクマイスター
第2技法
ヴェルクマイスター
第3技法
ヴェルクマイスター
第4技法

 この調律の中で、現在一般的に「ヴェルクマイスターの調律法」として知られているのは、上の表の「第1技法第3番」になります。

 さて、ここで実際にききくらべてみた感想ですが、わずかな差ですが、代表的なものとされている「第1技法第3番」に、バランスの取れた独特の美しさがあるように感じられます。
 全ての調を演奏できるようにするために生じてしまう和音の「うなり」ですがここでは、うなりは妥協の産物ではなく、「美しく・心地よく」うならせる、という明確な意図をもって調律されているのだということを証明するかのような響きを再現してくれます。

 ほかの調律でも部分的には同様の傾向がみられますが、この曲に対しては明確な「意図」を感じさせるまでには至っていないようです。

  しかし、あらゆる点で「第1技法第3番」が優れているのかというと、そうでもありません。 12音平均律との音程の差が最も少ないのは「第3技法」で、これは最もずれている音でも6セント、他は±3セント以内の差です。これは多くの人にとって現代の平均律と聞き分けられない差でしょう。完全に全ての調を同じように使えるようにしたい、という場合には、「第3技法」が選ばれたかもしれません。

 調律として何を優先すべきなのか・・・という事についての当時の人々の葛藤が、これらの調律のバリエーションの中から垣間見えるような気がしませんか?


第12回 J.S.バッハ作曲 コラール「神はわれらが喜び」(へ短調)の場合(part2)

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前回は、「ピタゴラス音律の中に、じつは純正調(に近い音階)が隠れていた!」ということについて述べましたが、今回は特に純正調にスポットをあててみたいと思います。

バッハ作曲 「神はわれらが喜び」より抜粋

もし、この曲で出現する和音を極力純正で鳴らそうとした場合に、必要な音程をリストアップしてみましょう。ピタゴラス音律の五度音程を骨格とし、純正な三度の音程を表にうめていってみます。

コードネーム(構成音)

平均律との差(単位:cent)
注:±1セント以下の誤差を含みます。
7thの音程はいろいろ解釈が可能なので?としました。

  C C# D D# E F F# G G# A A# B
Fm (F-Ab-C) +10         +8     +24      
Eb (Eb-G-Bb)       +4       -10     +6  
Ab (Ab-C-Eb) -12     +4         +2      
C7 (C-E-G-Bb) +10       -4     +12     ?  
Db (Db-F-Ab)   0       -14     +2      
Bbm7(Bb-Db-F-Ab)   +22       +8     ?   +6  
Bb7 (Bb-D-F-Ab)     -8     +8     ?   +6  
F (F-A-C) +10         +8       -6    
(ピタゴラス音律) +10 0 +14 +4 -6 +8 -2 +12 +2 -8 +6 -4

多くの音程において、純正な長(短)三度とピタゴラス音律の音程との間に約22セントの差が生じます。現在では、この差に注目した調律法も考案されています。(53音律・詳しくは「JOHN's LAB」ホームページへ)

 それではこの表に極力忠実に作成したMIDIデータを聴いてみましょう。
 (あらかじめお断りしておくと、2小節め、3小節めのC音において途中で+22セントの音程の変化が入ってしまっています。常識的にはC音の音程を保持したまま、他の音程をこれに合わせるべきとされる個所です。また、曲の中に細かく調律データが組み込まれていますので、調律法ライブラリのデータとの組合わせはできません。)

J.S.バッハ作曲 コラール 
「神はわれらが恵み」Gott sei uns gnadig(へ短調)
調律データ入り:純正調的和音で構成してみたもの
MIDIデータ製作 by むらしん

 とりあえず、やみくもに純正調的に演奏させてみましたが、色々とおかしな響きが生じてしまっているようです。
 まず解決しなくてはならないことは、C音の音程の問題でしょう。純正な長三度の低めの音程を優先するのか、それともピタゴラスの高めの三度なのか・・・。これについては、5小節めの和音がヒントになるように思われます。「え?C音は出てきてないよ」と思われるかもしれませんが、そこがポイントなのです。

 和声的な流れとしては、Abに対して長三度のC音が、ここに付加されても不自然ではありません。和声的な禁則にもあたらないでしょう。しかしバッハはこれを加えませんでした。なんで?。ほぼ確かなことは、5小節めでは、この長く引き伸ばされる和音において、うなりの無い(純正な)響きが要求されたであろうということです。このことから推測すると、純正な和音が要求される場所でC音を省略したということは、逆にいうと、このAb−C長三度が純正に演奏されないことを想定して、使用を避けたのかもしれません。つまり、このC音を常に高めに演奏していた可能性が見えてくるのです。


それでは、この推測による、修正版を聴いてみましょう。

J.S.バッハ作曲 コラール 
「神はわれらが恵み」Gott sei uns gnadig(へ短調)
調律データ入り:純正調的和音構成でC音を常に高めに修正
MIDIデータ製作 by むらしん

 少しまともになったでしょうか?。ではここでもう一度通常のピタゴラス音律とききくらべてみましょう。

No 調律法 曲名
第11回の
No.4
ピタゴラス音律
T02ptg-b.mid
ロ長調、嬰ト短調向き
最後の和音が純正に近い例
J.S.バッハ作曲  コラール
「神はわれらが恵み」
Gott sei uns gnadig(へ短調)

んー、個人的な好みの差によって、意見の分かれるところだとは思いますが、ピタゴラス音律もなかなか健闘していると思いませんか? 始めの2例のように多くの和音を純正に鳴らしている演奏と、そうでない演奏を総合的に聞き比べたとき、必ずしも全ての面で前者が優れているとは限らないということは、重要なポイントです。音程について論じるとき、やみくもに純正な音程に合わせれば良いというものではない、という事は、もっと認識されるべきだろうと思われます。


第11回 J.S.バッハ作曲 コラール「神はわれらが喜び」(へ短調)の場合(part1)

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 ベートーベンまで行って壁にぶちあたった所で、もう一度バッハの作品について詳しく見なおしていくことにします。

今回は和声のトレーニングなどでしばしば用いられているコラールです。MIDIデータの方は、調律の違いが比較的分かりやすい音色を選択して、なおかつ単純な4声部の形式になっております。オリジナルの構成・形式等の要素は省略してしまっていますので、あらかじめご了承ください。

いづれかの調律法をクリックして「ドレミファソラシド」と鳴ってから、曲名をクリックして演奏をスタートさせてください。

No 調律法 曲名
1 平均律
T00evn--.mid
J.S.バッハ作曲 

コラール
「神はわれらが恵み」
Gott sei uns gnadig
(へ短調)

和声トレーニング用編曲版
MIDIデータ製作者
by むらしん
murashin@murashin.sakura.ne.jp

2 ミーントーン調律
(中全音律)
T04mtnug.mid
G#シフト
3 ピタゴラス音律
T02ptgug.mid
変イ長調、へ短調向き
4 ピタゴラス音律
T02ptg-b.mid
ロ長調、嬰ト短調向き
最後の和音が純正に近い例

 平均律の欠点として指摘される事の多いポイントとして、長三度の和音が純正にならないということがあげられます。この曲についても例外ではなく、曲の最も最後に響く和音などで、うなりが生じているのを容易に認識できるでしょう。ただし、これをどの程度深刻な問題として受けとめるかは、ケースバイケースというのが現状のようですが。

 ミーントーン調律では、多くの和音を純正に近い形で演奏する事ができます。しかし一方で、7thの音を使った和音において、かなり具合の悪い響きがしょうじてしまっており、これはこれで無視できません。一長一短あるようですね。なお、ここではG#シフトしたものを挙げましたが、基本形のミーントーンではどうなるか興味をもたれる方もいらっしゃるかもしれません。調律ライブラリから選んで試してみてください。さらにまずい響きになります。

 No.3 のピタゴラス音律では、この調律の長所としていわれている所の、旋律をよりスムーズに、流れるように演奏できるという効果が認められるでしょう。7thの音も調子っぱずれになりません。しかし、曲の最後の和音においては、平均律以上にうなりが生じています。

 そこで、No.4では、同じピタゴラス音律ながら、これを全体的にシフトすることで最後の和音を純正に近い形で演奏できる例をピックアップしてみました。そうなのです。完全なピタゴラス音律の中にも、ほとんど純正な長3度が実は存在するのです。この事実は、これまであまり指摘されてきませんでした。なぜか?無理もありません。これは、ピタゴラス音律の欠点とされる「最後の5度音程が合わない」という問題(ピタゴラス・コンマ)の副産物として生じているものなのです。

少々理屈っぽい話になってしまいますが、No.4の例を詳しく見てみましょう。

No.4の調律の平均律との差

平均律との差(単位:cent)

C C# D D# E F F# G G# A A# B
+10 0 +14 +4 -6 +8 -2 +12 +2 -8 +6 -4

 D-A間の5度が、平均律に対して22セントも狭くなっているのがわかります。これがピタゴラス音律の欠点・合わない5度です。さて、このコラールにおいて最後に鳴っているのは、F-A-Cの和音です。問題のA音が含まれる事に注目してください。ピタゴラス音律ですからF-C間の5度が純正なのは当然として、F-Aの長三度の音程関係が、Fは8セント高く、Aは8セント低いために両方あわせて16セントほど平均律より狭くなっています。純正な長三度の和音は平均律より14セント程度狭いものですから、純正な長三度と比べてわずか2セントしかずれておらず、かなり純正にちかいことがわかります。他にもこの調律では、C-E、G-B、D-F#、の長三度が、こういう関係になっています。

・・・・ちょっとまて!!話が脱線しますが、F-A、C-E、G-B、が純正に近いということは、なんとハ長調の主要3和音における長三度がすべて純正に近いということではないですか。それぞれの5度も純正ですから、なんとこの調律におけるハ長調のドレミファソラシドは、ほとんど純正調なのです。調律法について論じられるとき、純正調とは対極の性質を持つもののように説明されることの多いピタゴラス音律の中に、実は純正調が同居していたとは、灯台もと暗しとは正にこのことではないでしょうか!!

(話が長くなりそうなので次回に続く)


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キーワード:

音楽 , クラシック , ピアノ , 調律 , 平均律 , 純正調 , バッハ